色々考えてみたけど、
結局
痛みを感じたら
味わったよ!
って自分に言って、
今の環境を変える!
って決める事かな。
父が、借金をしたから、
わたしも、お金に困る因縁因果を持っている!
って思って、父のせいにしていた。
確かに、父から
遺産として、お金を譲り受けていない。
借金があるかもしれないから、
親戚一同で、相続放棄をした。
その事から、お金があるご両親を持つ方を、
羨ましいと思った事もあった。
これが、わたしの癖であり、
コンフォートゾーンだった。
父に、進学したいと言った時、
「貴方に出せるお金はない」
そう言われた。
のちに、それが嘘だったと知る。
けど、わたしは、父を許して来た。
けど、ここにわたしのコンフォートゾーンがあった。
娘が、進学する時、
「お金がない」
とわたしは、言った。
娘は、
「先生が子どもに言ってはいけない言葉だと言った」と言って進学を諦めなかった。
その結果、主人に教育ローンを借りてもらった。
主人のおかげで、
父が言った言葉を、
娘に言わなくて済んだ。
父に、貴方にかけるお金はないと
言われた事で、普通に働いて来た。
いつも、仕事を辛い辞めたいと何度となく思った事があったが、父に頼る事が出来なかったから、踏ん張って来た。
その経験が、お嫁に来てからも役に立った。
お姑さんが、厳しくて辛かったけれど、
エネルギーがなかったわたしは、
怒りのパワーで乗り切って来た。
それも、一つ乗り越え来た事になるのかもしれない。
それにより、かなり胆力が付いた。
頑張って働いて来たことは、
今、頑張って働いている事に繋がっている。
まだまだ、お金について悩みは、あるけど、
毎日、自分で決めて、乗り越えて行くイメージを持っている。
とにかく、話す環境になった人と、
楽しく喋りまくっている。
いわゆる営業をしている。
父は、優しい人だった。
たくさんの人に、優しさを振りまいていたようだ。
いとこのお姉さんが、
「優しいお父さんだったね。もっとしてあげられる事がなかったか悔やまれる。」
と話してくれた。
お金は、なかったけれど、
たくさんの人に、優しくしてもらえたから、
父は、優しかったのかもしれない。
味噌を冬にたくさん仕込んで持って来てくれた。
結局食べきれず、腐らせてしまって、
たくさん棄てた時は、泣いた。
けれど、
冬になると
わたしは、味噌を仕込むようになった。
そして、味噌汁にして
どんどん食べている。
わたしは、味噌を作って
コンフォートゾーンを
乗り越えたのかもしれない。
それぞれのやり方で、
きっと乗り越えられる。
今、白鳥が来ていて、
飛ぶ練習をしています。
少し羽が黒い、赤ちゃんの白鳥も
3月には、北の山をあっと言う間に、
飛んで行ってしまいます。
そんな風に、
コンフォートゾーンを
乗り越えるイメージで行きましょう。
自分自身のコンフォートゾーンを乗り越える
おしまい。
ありがとうございました。