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今朝目覚めた時号泣したはなし

わたしの見た夢のおはなしです

お話のなかに絵本が出てきます。
リンク貼り付けます。
よろしくお願いします。

夢の中で、
わたしは、窓辺に光るグラスの前にたてかけられた、小さな絵本の様な紙を手に取る。

その紙は、手のひらに乗るくらい小さな物。
外側は、可愛らしい、ちえこさんの絵
内側には、ちえこさんの手書きのメッセージ。

そこには、
娘の名前が書かれていて、
この絵本が、とても気にいる年代になったのだね。
ちえこさんのお子さんも大好きだったよ。
そして、
わたしの娘が、大きくなったのだね。
良かったね。

その様な内容で、
とても、暖かな内容。

目覚めて、
子育てサークルに入り、
ちえこさんのご自宅に遊びに行かせていただいた日の事を思い出しました。

その事を思い出した時、
涙が止まらなくなって、
号泣していました。
それがなぜなのかもわからないままに。

初めてちえこさんのお宅に行った日は、
娘が保育園に行っていた頃だったのか?
3歳くらいのときだった。
時間は、夕方。

ちえこさんは、わたしより少し年上

5年生と3年生の男の子
幼稚園の女の子
の3人のママ。

ちえこさんのお宅に伺った時には、
すでにたくさんの小学生のお子さんが、
外で遊んでいた。

ちえこさんのお子さんの
2人の男の子のお友達。

上のお兄ちゃんは、
キャンプの準備で、
その日は、庭で、何かをやっていた。

火を起こしたり、
かまどで何かをやっていたみたいだった。

その下のお兄ちゃんのお友達が大勢来ていて、
庭で、鬼ごっこか何かをして、
庭には、子どもたちの声が鳴り響く。

1番下のお姫様の様な女の子は、
そのへんを、自由に動きまわる。 

 

娘は、初めて見る景色に、びっくりしてしまい、わたしの胸にぎゅーとしがみついたまま離れない。恥ずかしくなるわたし。

まだ、わたしも慣れない場所で、
誰かに話しかける事も出来なくて、
立ちすくんでいた。

そんな時、ちえこさんが、室内で、ホットプレートを出して、ホットケーキを焼く準備をしていた。


ホットケーキミックス
牛乳で
生地をちえこさんが作ってくれて、
そこに
板チョコを
手でちぎって入れて、

ホットプレートにおたまに入れた生地を、
少し不揃いだけど、
じゃんじゃか
小さな島がホットプレートにできた。

邦子さん焼いてくれない?

言われるままに、

わたしと、娘は、そのホットケーキが焼けるのを待っていた。

2人で眺めていたホットケーキ。
 
こぐまちゃんのホットケーキの様に、
プツプツと泡が浮き出て来たら、
娘が動き始める。

ホットケーキを指差して、
わたしに、ちいさな声で話しかけてきて、
膝からするする降りて、
机のまわりを、ウロウロしたり、
膝に戻って来たり、
一緒に見ながら、
ホットケーキを作る。


お仲間のママが来て、
美味しそう。

声を掛けてくれる。

また、違うママが来て、
娘を見て、
かわいいねぇ。
うちの子も、可愛かったかなぁ?
もう、忘れちゃった。

そんな、感じの緩やかな時間が過ぎていた。

わたしは、ひっくり返しながら、
時計が気になる。
多分、4時半くらいだったかなぁ。

わたしは、家に帰って夕ご飯の用意をしなければ、お姑さんにまた、怒られてしまうなぁ。
と、今ここにいない人に、気を遣っていた。

そうしている間に、大きなお皿の上には、たくさんのホットケーキが焼けていた。

おにいさんやおねえさん達の笑い声が響き渡る。

ちえこさんが、子どもたちに声をかける。
絵本をみんなの前で、読み聞かせてくれる。

カレーライスのなる木

ひろみさんは、

とまとさん

賑やかな、子どもたちの中で過ごした時間。
そのホットケーキを子どもたちは、遊びに夢中でなかなか食べなくて、結局帰る時間になって、お土産にいただいて帰って来たと思う。

先輩ママたちの読み聞かせを、そのあと何回聞いたかなぁ。
いつも、娘を膝に抱えて聴いていた。
時に、ぎゅーと抱きしめたりしながら。
絵本を、聴かせてもらった時間が、
繰り返しある中で、子育てをしていた。

その子育てサークルは、会費制で、
何ヶ月か一度、劇を観る会だったのだけど、
約1年間は、劇を観る事が出来なかったのです。

劇を観る日は、
特別な日でした。

けれども、
娘が泣いてしまい、
毎回、ホールに入れないでいました。

思い出深い、12月の例会

劇は、ながぐつをはいたねこ だった。

楽しみにしていた日は、冬のクリスマスの頃。

受付では、いつも遊んでくれるお兄さんお姉さんが、ねこのコスプレをして、
チケットを切ってくれる。

まだ、お友達もいなかったころ。
娘と2人で、座りながら待っていた。
明るいうちは、会場に入れていたのだけれど、
暗くなったとたん、
外を指さして泣き始めてしまう。

扉を開き明るいロビーに出る。
なんとか、中に入れないか?
そんな風に思うばかりのわたし。
見れないとお金がもったいない。
そんな思考をわたしは、持っていた。

2人で、誰もいないロビーに居たら、
高校生の男の子が1人出てきた。

風船を持って来て、
あそぼうか?

娘は、すごく喜んで、

お兄さんと風船を、ポーンと叩く。

お兄さんに、上手って誉めてもらう。

ずーっと繰り返し。

長いことして、

今度は、階段を降りると言って、

2階のロビーに行った。

そこには、同じ位の年くらいの女の子がいた。

やっぱり、見れなかったとのこと。

2人で、ロビーの椅子の辺りで遊んで、

お兄ちゃんとこ行く。と娘が言う。

また、三階に戻ると、ちょうどよくお兄さんが来てくれて、風船遊び。

結局、劇が終わる時間まで、娘にお付き合いしてくれたのでした。

最後に、どうして娘にお付き合いしてくれたのか?聞いてみたら、
今日の劇を観る為に、会費とは、別に1,400円お支払いして、観に来たとのこと。
一度観たことあるし、いいかなぁって。

わたしは、ビックリしました。
子どもに、こんなに親切に楽しませてくれる人に、人生で初めて出会いました。

自分の会費のもとが取れないと思考していた事に、疑問符が付きました。

価値観が変わった日でした。

こちらの子育てグループで、たくさんの方に娘を可愛がっていただきました。
たくさんの劇団員さんとも、交流させていただきました。

交流会の定番は、カレー。

みんなで、作って食べたカレー

うちにはない大きな鍋。
ご飯は、1人1合持ちよりが決まり。
集まったお米をとぐのは、いつも家での米とぎとは違い、いつまでたっても水が透明にならない。
カレーの具は、ジャガイモや玉ねぎを作っている人から寄付してもらったり、何が一つの具を持ち寄った。
みんなで、わいわい、ガヤガヤしながら、お料理をして、子どもたちは、元気に遊んでいた。

その時のカレーは、美味しかった。
みんながおいしいねと言っていた。
嫌いな物も、食べれる時もあった。
ママ達も、おかわりを、たくさんしていた。

ママ達は、そのサークルで目標としていることを、達成させる為に話し合うのだけれど、
いつの間にか、話が脱線して、学校の情報交換だったり、子育てのお悩みの話。
あとは、家族の愚痴の話も多かったかな。
あの頃は、パパさんたちが忙しい人も多く、
みんなで力を合わせて子育てしていた感じがした。

みんなで集まるのは、大変ではあったけれども、子ども達は、楽しそうで、いつのまにか、みんなで団子になって、遊んでいた。

娘が大好きな絵本に、
カレーライスとまねきねこ
があった。

この絵本が娘が大好きだったのは、
交流会のカレーの楽しい思い出と重なり合っていたのかもしれない。

ちえこさんには、色々なご縁があり、出会った時に、娘のことで、困ったことをお話すると、
必ず、

大きくなったんだね。と言ってもらえた。

わたしが悩みとしていることは、ちえこさんからすると、

きちんと自己主張できてえらい。

そんな風に言ってもらえる人は、初めてだったので、いつでも、目をまるくしてしまった。

我が家のりんごジュースのラベルは、ちえこさんの絵です。

りんごの木の作業をする、うさぎとお茶を用意するうさぎ、かわいい子うさぎ、黒柴わんこ。

我が家の景色を、イメージして書いていただきました。

なぜあの、夢を見たのだろうか?

こうして、気持ちを書いて見ると、
ちえこさんのラベルを、
りんごジュースに貼る時、
わたしは、すごく幸せな気持ちになる。
お客様に喜んでいただきたい。
そう思いながら、荷造りをしている。

きっと、ちえこさんが、絵を描いてくれた気持ちが、わたしの見た夢だったのかな?

実は、あの子育てサークルには、12年入っていた。
何かの係は、いつもしていて、楽しむことよりも、気持ちに負担が大きくなって、
時を選んで辞めました。

その時、自分の気持ちから逃げてしまっていたのか?今まで分からなかったけれども、そのサークルに居て、楽しかった出来事が、
全く思い出せないでいたのでした。

それが、ブログを書いていると、
必然的に、自分と向き合う出来事があって、
そのことを、書いてみると、
また、このこと書きたい。
と出てくる。
書いたとしても、だれかの役に立つのかわからない。
逆に嫌な思いをされる時もあるかもしれない。 

けれども、書いてみたら、伝えてみたら、
縁があった方々に、助けていただいたこと、
自分の役割を、一生懸命に果たそとしてきたこと。
けれども、時に、いやいつも、自分の思い通りになったことはなくて、悔しかったり、悲しかったりした。

自分の中では、トラウマがと言い訳を言って、
見たくない物を、避けていたのかもしれない。

小さい時厳しく育てられた為か?
そうゆうことは、言ってはいけないと、言われたり、
リズムに乗る事でさえ、貧乏ゆすりは、みぐさいから辞めなさいと注意されて、
正しく生きる努力をしてきたつもり。

けれども、いつからか、息苦しくなっていて、
それがいつからか、分からないのだけれど、
はっきり言えることは、
今は、もう爆発寸前という感じになっている。

家族は、多分そんなわたしの気持ちを察して、
今出来る限りの自由を許してくれています。

今している農業が、嫌いな訳ではないのです。
今、主人やお姑さんとわたしとお手伝いさんで、今出来る限り良い品物を作る事が出来ています。
けれども、だれか1人でも具合悪くなったら、
全ての果物を育てられなくなる可能性がある。
それは、家ばかりでなく、実は、日本中の農家が抱えている可能性がある。
可能性です。
まだ、問題は、起きていません。
そんな、不安を、お姑さんも抱えて生きて来たのだと思います。

子育てをしている時、なかなか、家を出ることに気を使って、お友達に子どもを先に連れて行ってもらい、ギリギリまで農作業をして、イベントに合流していた時も、幾度となくありました。
その時、支えてくれた方々に、きちんと感謝も言えないでいました。
わたしの、状況を察して、手を差し伸べてくれた方々。
けれども、子どもが大きくなり、だんだんと疎遠になりました。

そんな大事なことを、忘れていると、気付かせてくれた、夢でした。

忘れていたことは、たくさんの方々に、
優しくしていただいて、子育てして来れたことでした。

なかなか、素直に感謝を言えませんでした。
出会ったみなさん。
ありがとうございました。

あたたかな、優しさを、ありがとうございました。


わたしを成長させてくれた絵本です。